2010年04月03日

Cisitalia 202 CMM 1947

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ポーリー前日に、名古屋の“アウトガレリア・ルーチェ”でチシタリアを参拝してきたw
http://www.luce-nagoya.jp/Top.html

宝石のようなチシタリアをタダで拝観できるのだ。こんな有り難いことはない。



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202 CMM

CMMとは、クーペ・ミッレミリアの略。天才技術者ジョバンニ・サヴォヌッツィとあの偉大なるダンテ・ジアコーザ(すぐにフィアットに戻される)によるレーシングカーだ。
その先進的なボディー形状からアエロディナミカとも呼ばれ、設計者の名を顕彰してサヴォヌッツィ・クーペとも呼ばれている。トリノ工科大学の風洞を駆使し、空力的に優れたボディーを開発した。アルミと鋼管フレームのボディーはカロッツェリア・ヴィニャーレにより製作された。空気抵抗はCD値0.29と異例に低く、搭載されたエンジンはフィアットの直4OHV1100t、55ps/5500rpmであったが、理論上は最高速250q/hに達する計算であった。実際、200q/h以上は確実に出ていた。
その当時、我が日本では自動車の技術力は稚拙なものであり、200q/hはおろか、100q/hも夢の夢であった時代である。
同じ敗戦国のイタリアと日本であったが、その技術力には雲泥の差があったのだ。

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“垂直尾翼は高速安定性に効果があったという。リアウィンドウ前部の整流版にも注意”

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“202 CMM”の1号車は、1947年のミッレミリアに参戦、開発に従事したピエロ・タルフィは秘かに勝利を確信し乗りこんだが、上位を走っていたにもかかわらず、リタイアに終わった。翌48年には、よりパワーを増した1200tエンジンを搭載、タルフィはミッレミリアに再挑戦したがリタイアに終わっている。展示車はピエロ・タルフィが48年のミッレ・ミリアに出場した、2号車そのもの。

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タグ:Cisitalia
posted by ジャンニ at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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