2009年11月06日

【フレンチブルーミーティング2009】  RENAULT DAUPHINE・GORDINI

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RENAULT DAUPHINE

あちこちに擦り傷や凹みがあるのだが、それが良い雰囲気を醸し出している個体。いまにもジャン・ギャバンがこれに乗って銀行強盗にでも使いそうだ。
Cピラーのサイドマーカーとテールのオレンジのウィンカーレンズは右ハンドル(英国)仕様ならではのものだろうと思われる。

5人乗りのRR車で、1956年のパリサロンで発表以来、爆発的な人気を得た大衆車。
この頃のルノーは対米輸出にも積極的で、ビートルに継ぐ地位を数年誇った。
中身は基本的に4CVと同様のもの。
大きさは4CVよりも一回り拡大され、ホイールベースは170o長くなり室内は広くなった。それに伴う重量増に対し、エンジンの排気量は845tに拡大され30ps/4250rpmに、3速ミッションで最高速度は115q/hとなっている。

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57年には北米輸出を意識し、4CVでも設定していた自動クラッチも選択できるようになった。
59年には4輪にグレゴワールの特許による“アエロスタブル”と称す補助コイルを全車種に装着。これは空気を封入したゴム製スプリングで、荷重が増すとスプリング・レートを変えるようになっている。

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“AUTOMOBILE CLUB FRANCE”(ACF)のバッジに注意。
114年の歴史を誇る権威あるクラブなのだ。
http://www.automobileclubdefrance.fr/index.php


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RENAULT DAUPHINE GORDINI
ルノーのアバルトとも云える、アメデ・ゴルディーニがチューンしたもので、ミッションは4速にし、エンジン出力を40psにアップ、最高速度は125q/hに向上している。
ゴルディーニは1899年イタリアはボローニャに生まれた。23歳の時に渡仏。まもなくフィアットのチューニング・ショップを開業し、帰化してからはレース活動を始めることとなる。その後フィアットのライセンス生産をしていたシムカに迎えられ、コンペティション・マシンの制作に携わることとなる。戦後、シムカと折り合いがつかなくなり、1952年に独立、しかし経営困難でレースの成績も振るわず困り果てていたところを救ったのがルノー公団であった。
その後の活躍は云うまでもないだろう。

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タグ:Renault GORDINI
posted by ジャンニ at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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