いまから45年前の1964年、カーグラフィック11月号に、現CG編集顧問の
小林彰太郎氏が執筆していた辛口のコラム『《時評》警笛』の記事を転載する。
2ヵ月ぶりに日本に帰って,今更ながら道路交通の無秩序さを思い知らされた。誠に残念なことだ,日本の道路ほど危険で走りにくく,しかもスピードのおそい国は例がない。イタリーは非常に危険だといわれるけれども,筆者の経験では日本の何倍も走りやすい。日本の交通が目茶苦茶な理由のひとつは,道路面積が絶対的に狭く,車,特にトラックの数が相対的に多いことだとはしばしば指摘されることでその通りだが,問題はそれ以上に,道路を使うドライバーの行儀のわるさにある。2ヵ月留守にした東京の街へ出たその日は,誇張でなく本当に手
も足も出なかった。10年以上も毎日東京をわが庭のように走り廻ってきた筆者にしてそうなのだから,いかに東京の交通が外国にくらべてひどいものであるか,認識していただきたい。日本のドライバーのいちばん悪い点は,やたらに右往右往することである。たとえ1分間でも前車のあとに続いて走ることがない。しかも全く予告なしに車線を変える。外国では,どの国でも追越しなどのために道の中央側へ出る時はまずウィンカーを上げて後車に予告することが厳格に実行されている。だから日本のように突如として右(あるいは左)へ出てくるということは絶対にない。私達は馴れてしまって何とも感じないが,もし外国で同じことをしようものなら,無法者として周囲から一斉に非難を浴びるだろう。日本では追い越した車が無理に前へ割りこむ時にだけ,左にウィンカーを出す馬鹿気た習慣があるが,どうして日本の公安委は外国並みのウィンカーの使い方を法制化しないのだろう
か。おえら方は恐らく何度も外国の交通事情を視察に行ったに違いないが,一体何を見て来たのだろう。
この時、小林氏はホンダのF1初参戦を取材するため、発売直後のホンダ・S600をヨーロッパに持ち出し、2ヶ月半で12,000kmを走破するという日本人として前代未聞の取材から帰ってきたばかりだった。
帰国した東京で見たドライバーの極悪非道のマナーに思わず閉口してしまった、というのが本音だったようだ。
さて、45年経った我が日本。残念ながら、その状況はちっとも変っていないのが現状だ。



これらのクルマは、いずれも走行車線で追い抜きを繰り返し、ウィンカー無しで追い越し車線に割り込んでくるという危険運転行為を行っていた輩である。
45年前と何も変わっていない。悲しいかなこれが日本なのだ。